【偏差値40からの帝大受験】なんだって間に合う

【偏差値40からの帝大受験】このブログで伝えたいこと

このブログは、18歳前後で、人生を絶望している学生がいるとしたら、そんな方に読んでもらえる可能性があればいいなと思い書いていますので、一般的なこのブログの読者様向けではないと思います。

なぜこの記事を書くかというと、私は、進学校に進学したにもかかわらず、高校生の時に偏差値40ないくらいの学力の学生で、学業に対する興味もなく、人生に対しても全く期待していない学生でした。

【偏差値40からの帝大受験】絶望的な高校生時代

高校生は多感な時期です。そんな時に、私は、自分のストレスのはけ口を上手く作れず、完全なる「おちぶれ学生」になりました。高校3年生の時は、学校に行く意味も感じられず、学校に行ったふりをして、ゲームセンターに行ったりもしていました。親も相当失望したでしょう。学校も良く休んで、家で悶々としている日も多かったです。

この時、大学のセンター試験という共通一次試験みたいなものを受けましたが、900点満点で、400点くらいでした。当然、行ける大学といえば、進学校の人からしたら、考えることもないような大学ばかりでした。もう大学に行く気もなく、高校を卒業したら、仕事をするつもりでした。

【偏差値40からの帝大受験】人生を変えた浪人時代

立ち直ったのは、浪人した時です。あまり裕福な家庭ではありませんでしたが、親が学資保険に入ってたお金を出してくれて、その時に「あぁ、自分てもう終わってるし、期待されてないからいいやって思いこみすぎてたのかな」って思い、1年だけ浪人してみようと思いました。

学ぶ習慣もなかったので、予備校の旧帝国大学コースがあり、そこに入ったのですが、授業が全くわかりません。高校時代理系コースにいたのに、微分も積分も初めて聞く単語のようなレベルです。勉強しなかったせいで因数分解ですら怪しくなっていました。

そこで、最初の2週間は中学校のテキストを買って、中学3年間の勉強を全部、やり直しました。予備校の授業もどんどん進むので、歯を食いしばって勉強しましたが、あまりにも勉強してこなかったので、下を向いて教科書を見るだけで通院が必要なレベルの頭痛になり、薬を処方してもらっていました。

1日、15時間勉強していたら、3か月で、帝大コースの中間テストで上から20%に入り、このままいけば合格圏内だと予備校からも言われ、びっくりしました。偏差値40無い人間が帝大に受かるというのは、私の周りの友人でも、「舐めてるだろ」といってる人もいたからです。

1日15時間はもうできませんでしたが、1日12時間は勉強して、旧帝大の工学部に入りました。

【偏差値40からの帝大受験】大手企業の海外出向に

ここからは、あまり重要な情報ではないかもしれませんが、あなたでもこんなレベルで良ければ実現できるよという意味で、書きます。

大学院を修了し、大手の日系企業に受かり、働き始めました。この企業では、非常に多くのパワハラやサービス残業みたいなものもあり、精神的におかしくなりそうなギリギリの状況で働いていましたが、28歳というかなり若いタイミングで東南アジアへの出向が決まり、私が、そこで技術部門に配属されました。その時の年収は1000万円を軽く超えていました。

高校生の時のすべてを絶望し、もう生きる意味を完全に失っていた自分には想像できない未来でしょう。結婚もし、子供も3人でき、このままではいいのかという、今までなかった上昇志向が出てきて、転職を決意しました。

【偏差値40からの帝大受験】外資系企業のマネージャーに

次に、転職したのは大手外資系企業のマネージャーです。正直、「外資系企業なんて、実力ある人が行くところだから一生自分には関係ない」と思っていた自分が、マネージャーなんですから、不思議な話です。

海外出向をしているときに、ビジネスをもっと体系的に学びたいと思っていたので、日本でMBA(経営修士)を2年で取りました。

そして、仕事では順調に昇進し、組織も大きくなり、マネージャーのマネージャーになり、従業員満足度も非常に高いチームのマネージメントをしています。もう18歳の時の自分は全く想像していなかった世界です。

このように、外資系企業のマネージャーをしている状況を周りがすごいという人もいますが、私のスタートは、実力テストで高校生の時の偏差値40を切ったところからのスタートだったのです。

【偏差値40からの帝大受験】絶望している学生に伝えたいこと

結果的に言いたいのは、「ゆっくり生きましょう」という事です。

高校生の時、クラスの担任も、まったくもって興味もない、私に対するあきらめを持っていました。「好きにしたらいい」という雰囲気もすごく、私は、単純に絶望し、2か月くらい、学校もほとんど行かないで、家に引きこもっていたこともあります。

こんな私でも、そこそこの学歴を手に入れ、仕事としても、多くの方がなかなか手に入れることはできない経歴になっています。高校生の方がこのブログを読む可能性は低いかもしれませんが、もし、自分に絶望している人がいたら、無理しないでほしいと思います。

1日、2日勉強サボって、悩んでも、大したことありません。私は、高校3年間のほとんどを生きる意味なんてあるのかなと思いながら生活してきました。浪人始めた時も、最初は、自分に生きる価値なんてないと絶望しながら、せっかくだから学び始めようと思いましたが、幸せさは感じていませんでした。

実は、大学に行ったとも幸せを感じられず、アルバイトを始めた時に、多くの人に必要としてもらえていると感じて初めて、幸せを感じ始めました。

私は、今も「人のため、社会のためになることをしよう」と考え続け、思い続けています。なぜかというと、それが私の幸せだと気が付いたからです。それを否定する人がいますが、それは無視しています。聞く意味がないからです。

この考えに至るまでにかかったのは、高校生の時から考えて、8年間です。ずっと悶々としていました。高校生は多感な時期です。高校3年間で何かを成し遂げようとすると、つらくなる人もいるでしょう。私はつらくなって、すべてを捨てたタイプの人間です。こんな私は、今、社会に必要とされているかわかりませんが、少なくとも、チームには必要とされているマネージャーをしています。

皆さんも、ゆっくり、自分の幸せを考え、無理に社会の答えに合わせず、何回でもやり直しのきく実は優しい日本で、頑張りたいと思い始めた時に頑張っていきましょう。

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